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律「だれですか?」

このエントリーをはてなブックマークに追加 コメント (0) | カテゴリ: けいおん!SS | 更新日: 2011/07/06 22:30
2:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(高知県):2011/06/11(土) 22:17:26.21 ID:goJOdKVm0


無機質な電子音がリズムを刻む。
単調で、面白味なんて何もない機械音。
その音が、リズムを刻む感覚を少しずつ大きくする。

私は、目の前の彼女の方を見る。
呼吸を忘れた彼女の口からは太い管が延び、それは枕元の機械に繋がれていた。
きっともうすぐその管は意味の無いものとなるだろう。
彼女は、もうすぐ心臓を鳴らすことを忘れてしまう。
それはつまり、死んでしまうということ。

私の左手の中にある彼女の右手が、少しずつ力を失う。
それと同時に私も手を握る力を弱める。

その内、電子音がリズムを刻むのを止め、一直線の音を作った。

私はさようならを言う代わりに、彼女の手を離した。

**


4:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(高知県):2011/06/11(土) 22:20:05.73 ID:goJOdKVm0


澪「律が昨日、そう言ったんじゃないか」

律「え?……あー、そうだった。ごめんな」

最近、律はよく物忘れをする。それも異常なほどに、だ。
些細なことから重要なことまで、言えば思い出すのだが、まるで記憶喪失でもしたかのように忘れてしまうのだ。

今朝もそうだった。

 『朝練しようぜ!』

昨日の放課後、律が急に言い出した。
3年生になったばかりで気合いが入っているのか、珍しく部長らしいことを言うものだ。
まあ、本当に練習するかどうかは怪しいところだが。

でも私は、何だかんだでその話に乗り気だった。
他のみんなもそのようで、大きく律に向かって頷く。
特に梓はキラキラとした眼差しで律を見ていた。

梓「はい!いっぱい練習しましょうね!!」


6:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(高知県):2011/06/11(土) 22:22:03.81 ID:goJOdKVm0


しかし今朝、約束の時間になっても律は部室に現れなかった。
また遅刻か、なーんて思いながら各自自主練をしながら待ってみてもやって来る気配はない。
時間は過ぎるばかりだし、みんなも少し不安になってくる。

そしてその内予鈴のチャイムが鳴った。
私は急いでベースをしまい、みんなより先に早足で教室に向かう。
鞄が教室にあるから、早く戻って鞄の中にある携帯で律にメールを送るためだ。

でもそんな必要はなかった。律が教室に居たからだ。

律「あ、澪!一体どこにいたんだよ?」

何を言っているのだ、と思った。私は少しため息を吐いて、律の質問に答える。


9:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(高知県):2011/06/11(土) 22:24:45.05 ID:goJOdKVm0


澪「……部室だよ。朝練するって律が昨日、そう言ったんじゃないか」

律は少し驚いた表情をして、それからすぐに泣きそうな顔になった。

その顔は最近よく律に見られるものだった。
笑っている時も演奏中も、律はよくその顔をしていた。
私はそれが苦手で、そんな時はいつも律から目をそらす。

律「あー、そうだった。ごめんな」

私は良いからみんなに謝れ、と私は目を合わさずに言う。
律は頷いて教室に入ってきた唯たちの方へ向かった。

こんな風に、律はたくさん物忘れをする。
まあ元々記憶力が低いのは確かだけど。

それにしたって、律は何であんな顔をしているのだろうか。
悩みがあるなら聞いてあげたいな。
放課後にでも聞き出してみようか。




10:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(高知県):2011/06/11(土) 22:26:34.92 ID:goJOdKVm0


唯「よーし!部活に行くぞおー!」

放課後、チャイムが鳴ると同時に唯が立ち上がる。
今まで寝てたくせにこれだもんな。まったく。

律「よし、じゃあ行くか!」

律もそれに続き、鞄を背負って立ち上がった。
そう言えばこいつは最近授業中の居眠りは減ったな。
新学期となったことで気が引き締められたのだろうか。

そんな律の腕を少し引く。律は振り替えってこちらを見た。

律「何?」

澪「何?じゃなくて、梓にも朝のことちゃんと謝れよ?」

律は一瞬、訳が分からないといった顔をした。
でもすぐに思い出したようで、眉を潜めて頷いた。
大丈夫かな……?


12:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(高知県):2011/06/11(土) 22:29:02.84 ID:goJOdKVm0


部室の扉を開くと、もう既に梓がいた。
その背を見つけると同時に、律が頭を下げる。

律「梓、ごめん!朝のこと忘れててさ……」

梓はその声に振り向いた。
そして律を見て眉間に皺を寄せる。まだ怒ってるのかな。

梓「忘れてたって……。はあ……。もう良いですよ。別に今さら律先輩が何したって怒る気にもなれませんし」

刺々しい言い方に律が俯く。
その目には溢れんばかりの涙が溜まっていた。

空気が一気に悪くなった部室に、ムギが困ったように声をあげる。

紬「あ、あの!今日はもう、部活をやめときましょ?
  つまらない気持ちで演奏なんかできないし、一旦気持ちを切り替えるためにも……ね?」

唯も私も、賛同の声を出す。
梓もため息を吐きながら、ムギ先輩がそう言うなら……と頷いた。
でも律は、力無く笑いながら手を振った。


13:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(高知県):2011/06/11(土) 22:30:34.21 ID:goJOdKVm0


律「私は朝の分ぐらいは練習するよ。みんなは先に帰ってて」

みんなは少し困った顔をしたけど、分かったと同意の声を漏らした。
私は少し戸惑いつつも、今朝考えたことを思い出してみんなとは違う声をあげた。

澪「あ、なら私も練習に付き合うよ。リズム隊で話したいこともあるし」

まあ、そんなのはもちろん律と話すための口実だが。
律はちょっと驚いた顔をして、悪いな、と笑って見せた。


16:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(高知県):2011/06/11(土) 22:36:00.30 ID:goJOdKVm0


唯「じゃあ、また明日ね」

二人きりの部室に、ドラムとメトロノームの音が響く。
律は真面目に練習しているが、私はベースを取り出すこと無くその隣に立った。

律「ん?どうした、澪?」

スティックの動きを止め、律がこっちを見る。
夕焼けに染まったその幼い顔には、似合わない大人の表情があった。

澪「律、お前最近変だぞ。何かあったのか?」

その目が一瞬揺らぐのを見つけた。
そしてたはは、と乾いた笑いが律の口から漏れた。

律「やーっぱ澪にはバレちったかー」

律はそう言って手のスティックを自分の頭に向けた。
哀しそうな笑みを、浮かべながら。

律「なーんか頭に変なのできちゃってさー。記憶障害が出てるんだ」

衝撃。
律が発した言葉はそれ以外の何者でもなかった。


17:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(高知県):2011/06/11(土) 22:37:37.37 ID:goJOdKVm0


澪「記憶障害って……」

絞り出されたような醜い声が出る。
自分がどれ程動揺しているかが伺えた。

律「何か医者が言うには記憶の整理が下手になるんだってさ。
  言われたら思い出せるんだけど、逆に言えば誰かに言われるまで自分じゃ思い出せないんだ。
  脳味噌だから下手に弄れないし、ただ薬を飲むだけの治療なんだ」

それに対して律の声はあっけからんとしていた。

律「でも学校側も理解してくれてるしさあ、学校には通うから。
  だから心配すんなって!……っておーい?澪しゃーん」

律が私の目の前で手を振る。その手は、とてもぼやけて見えた。
堪らずに私は律の方へ手を伸ばす。


21:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(高知県):2011/06/11(土) 22:40:32.18 ID:goJOdKVm0


澪「馬鹿律ぅ!何で、何で言ってくれなかったんだこの馬鹿!
  言ってくれればフォローだって出来たかもしれないのに!」

今朝みたいなことも、無かったかもしれないのに。

そんな気持ちを知ってか知らずか、律は私を優しく抱き締め返してくれた。

律「あはは、ごめんごめん。私、本当に馬鹿だからどうやって伝えれば良いのか分かんなくてさ。
  ……だから、みんなにも暫く黙っといてくれないか?」

約束、と小指が差し出される。
私は律の腰に回した片手をほどき、その手を小指に絡ませた。

メトロノームの音だけが鳴り響く、夕暮れ時の部室でのことだった。




23:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(高知県):2011/06/11(土) 22:42:40.81 ID:goJOdKVm0


紬「りっちゃん、それ前も聞いたわ」

律「あれ、そうだったっけ?」

紬「うん。多分3回くらいは聞いたと思う」

あの約束をした日から大分経った。
日に日に物忘れの頻度が増える律を見ていると、何とも言えない気持ちになる。
曲のサビ部分を忘れた、と言われた日は流石に卒倒しかけた。

みんなもそれとなく不信感を持ちつつあるようだ。
特に梓とは、あの一件以来仲が悪みたいだし。

律『私が悪いんだし、しょうがないよ』

そんなことを言う律を見ていると、こっちが切なくなった。
違うよ、律が悪いんじゃないよ。律は頑張っているじゃないか。
そんな泣きそうな顔、しないでよ。

流石にフォローも限界に近づいた頃、大きな事件が起こる。


26:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(高知県):2011/06/11(土) 22:44:35.76 ID:goJOdKVm0


それはちょっと肌寒い日のことだった。
珍しく梓より早く部室に来た私たちは、お茶をしながら放課後を過ごす。
しばらくすると、部室の扉が勢い良く開いて遅れてやってきた梓が入ってきた。

梓「すみません、日直の仕事をやってて遅れました!」

やっと来たか、と私が口を開くよりも先に律が声を発する。
大きな大きな爆弾を抱えて。

律「あれ?新入部員かな?」

――――――は?

みんな唖然として、誰も動けなかった。
え、だって梓を律は……え?

そんな私たちを気にすること無く、律が梓に駆け寄った。

律「まーまー、固まってないで座ってよ。演奏とか聞いていく?」

律がそう言って梓の背中を押す。
私がハッとして動き出したときにはもう遅かった。


27:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(高知県):2011/06/11(土) 22:46:20.21 ID:goJOdKVm0


パシン、と乾いた音が部室に響く。
梓が律をぶったのだと気づくまでに、そう時間はかからなかった。

梓「何の冗談のつもりですか!言って良いことと悪いことってありますよ!?」

最近話すことも減り仲が悪くなったせいか、
梓は今まで聞いたことがないぐらい大きな声で律を怒鳴った。

律は一瞬、戸惑った顔をした。

律「え?だって……え……梓……?」

そして思い出したのだろうか。
急に律は悲しそうに、辛そうに顔を歪めた。

律「……悪い、今日はもう帰るな」

鞄を引っ掛け、律が部室をあとにする。
私は迷うこと無くその後ろ姿を追いかけた。


28:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(高知県):2011/06/11(土) 22:48:18.91 ID:goJOdKVm0


澪「律!!」

ふらふらと歩く律の腕を掴んでその動きを制した。
俯き加減の律の顔を除き込むと、頬にたくさんの細かい涙が伝っているのが分かった。

律「わ、私、怖いよ……。梓のことを忘れて、傷つけて……!
  私は、私はいつか皆のことを忘れてしまうよ!!
  それでもし、思い出せなくなったら……!!嫌だ……嫌だよ、澪ぉ……」

律はそう言って肩を震わせる。
私は何て声を掛ければ良いのか分からなくて、ただ立ち尽くすだけだった。
そんな私の手から、律はそっと離れる。

律「ごめん、今日は病院行くからもう帰るな」

そう言って廊下をダッシュで帰る律を、私は歪む視界で見送った。


29:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(高知県):2011/06/11(土) 22:50:20.46 ID:goJOdKVm0


部室に戻ると、まるで通夜のようにしんとした空気が私を待っていた。

唯「りっちゃんは……?」

澪「……用事があるから帰るってさ」

普段の軽音部では考えられないそれが、まるで棘のように私に突き刺さる。
あまりの居心地の悪さにちょっと眉を潜める。

みんなで暫く黙っていると、俯いた梓が口を開いた。

梓「こんなことを言って良いのか分かりませんが……。
  私は正直、律先輩のことが苦手、いや、嫌いになりつつあります」

しょうがないことだと思う。
でも私は気持ちが膨れ上がるのを感じた。
それが怒りか、悲しみか、苦しみかは分からない。

紬「梓ちゃん、そんなこと言わないでよ。まあ……今日のりっちゃんはやりすぎだけど」

唯「うん……。あんなこと言うりっちゃん、私も嫌だな……」

戸惑いつつも、唯もムギも賛同の意を示す。
何で、何で、何で……!


30:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(高知県):2011/06/11(土) 22:51:48.10 ID:goJOdKVm0


お前らなんか何も知らないくせに!
律が一番傷ついて、律が一番悲しんでいるのに!!
律がどれだけ泣いて、苦しんでいると思っているんだ!!!

そんな淀んだ考えが前に出てしまい、気付けば私は机を思いきり叩きながら立ち上がっていた。

唯「澪……ちゃん……!?」

言ってしまいたかった。
律の病気のことも、苦しみも、悲しみも。

でもメトロノームのリズムを思いだし、何とか自分を押さえつける。

澪「……私も今日はもう帰るな」

それだけ言うのが精一杯で、大急ぎで部室を出る。
後ろから呼び止める声が聞こえたが、無視をした。


31:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(高知県):2011/06/11(土) 22:53:12.64 ID:goJOdKVm0


家に帰る途中、涙がずっと止まらなかった。
いや、家に帰っても止まらなかった。
布団にうずくまって涙を流し続ける。

しょうがないんだ。でも嫌だった。
みんなが律のことを邪険に扱うのを見たくなかった。
私だって病気のことを聞かされていないままだったら、あんな風に対応しただろう。
きっと、酷いことだって言っただろう。

考えると、涙はまだまだ溢れ出てきた。
私は枕に顔を埋め、思いっきり叫ぶ。

まるで喉が裂けたかのような醜い声が出た。




32:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(高知県):2011/06/11(土) 22:55:24.69 ID:goJOdKVm0


次の日、目を赤く腫らしたまま私は学校へ到着する。
きっと声だって酷くなっているだろう。

教室に入ると、唯とムギがこっちへ来た。
私は若干の気まずさを覚えながらも挨拶を交わす。

澪「おはよう。……律は?」

やはり酷く醜い声が私の口から吐き出された。
ちょっと自分自身に眉を潜める。

律の名前を出すと唯も気まずそうに目をそらした。
昨日の今日だし仕方無いけど、私はやはり淀んだ気持ちが出るのを押さえられない。

唯「まだ来てないよ。……また遅刻なんじゃないかな?」

……まさかアイツ曜日を忘れた、とかじゃ無いよな?
いや、でも本当にそうなら洒落にならない。

澪「そっか。じゃあ電話してみようかな」

少し焦りながら携帯を取り出す。
手が震えているの、見られていないと良いけど。


33:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(高知県):2011/06/11(土) 22:57:11.06 ID:goJOdKVm0


プルルルル、プルルルル、プルルルル―――
3コールの後、律の声がした。

律『……もしもし、澪?』

私の声も酷いが、それ以上に酷い声が携帯越しに聞こえる。
一晩中泣き続けてたんだろうなあ。

澪「何だ律、起きてたのか。早く学校に来ないと遅刻するぞ?」

なるべく平静を装って律の声に対応した。
時刻は8時25分。もうすぐ先生がやって来る筈だ。

律『あー……私、今日は学校休むから』

澪「え、何で?」

意外な返答に思わず声が上ずった。
唯とムギがこちらを不審そうに見ている。

律は、私の質問に答えにくそうに話題を切り替える。

律『何だって良いだろ。……あとさ、みんなに伝えて欲しいことがあるんだ』


34:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(高知県):2011/06/11(土) 22:59:39.66 ID:goJOdKVm0


伝えて欲しいことって、昨日のことかな?
でもそんな予想と裏腹の言葉を律は発する。

律『私……軽音部、やめるから。ごめんってみんなに伝えといて。……もう、切るな』

――――――え?
軽音部を辞める?律が?嘘だろ?

反応しようと思い、口を開く。
だけどもう携帯からは機械の音しかしなかった。

紬「りっちゃん、何て言ってたの?」

鳴り出したチャイムとムギの声が重なった。
でも私はそのどちらにも反応すること無く、走り出していた。

教室のドアの所でさわ子先生とぶつかる。

さわ子「きゃっ。ちょ、どうしたの澪ちゃん?」

そんなのお構い無しに私は走り続けた。
ホームルームが始まるわよ、という声だけが私の背中に張り付いた。
途中、鞄を教室に忘れたことを思い出したけど足は止めなかった。


35:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(高知県):2011/06/11(土) 23:01:03.72 ID:goJOdKVm0


だって、気にしていられるかそんなこと。
大切な幼馴染みが苦しんでいるんだ。
今駆け付けないでいつ行動を起こすというのだ。

澪「待っててくれ……律……!」

春なのに汗が額から流れ落ちた。
それを手で拭い、横断歩道を渡る。

いつもいつも律と一緒に歩いた通学路が、朝日に眩しく反射していた。


36:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(高知県):2011/06/11(土) 23:03:05.29 ID:goJOdKVm0


辿り着いた田井中家のチャイムを力強く押す。
すると少しの間を置いて律の母親が出てきた。

律母「はーい。……って澪ちゃん!?え、どうしたの?学校は?」

少しやつれたその顔は、私を見ると戸惑う素振りを見せた。
まあ、それはそうだろう。普通なら学校にいる時間だし。

でも私は今、それに付き合っている暇はない。
だから急かすように早口で一気に喋った。

澪「律は家に居ますよね?―――お邪魔します!」

おばさんの困惑した声を置き去りに、私は律の部屋へ急ぐ。
そしてその扉を勢い良く開けた。

部屋の端にあるベッドの上に、律は布団と一体化した状態でいた。
そして泣き顔でこちらを見たまま、固まっている。


37:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(高知県):2011/06/11(土) 23:05:06.11 ID:goJOdKVm0


律「澪……何で……?」

電話越しで聞いたときほどじゃないけど、本当に酷い声だ。
泣きすぎたせいなのか、声は変に掠れている。
まあ私も言えた義理じゃないけど。

澪「律こそ、さっきのはどういうことだ?説明しろ」

その言えた義理じゃない声で威嚇するように言った。
律はそれを拒否するように顔をそらす。
でも私はそれを許さない。

澪「律、ちゃんとこっちを見ろ」
律の顔を両手で挟み、こっちに向けた。
私に負けず劣らず腫れた目が、そこにはあった。
その目がだんだん湿り気を帯びてくる。

律「しょうがないだろぉ……?私は、普通じゃない……!
  昨日みたいに誰かを傷つけて自分も傷つくのが、怖いんだよ!」


38:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(高知県):2011/06/11(土) 23:06:41.65 ID:goJOdKVm0


溢れ落ちた涙が、私の手に当たって小さな水溜まりができた。
それを見て私も泣きそうになるが、歯を食い縛って堪える。
だって私が泣いたら律を慰めるやつがいなくなる。

私はそのまま、倒れるように律に抱きついた。

律「み、澪……?」

腕の中に律の体温を感じる。
布団の中に居たせいかな。とっても暖かくて気持ちが良い。

澪「なあ、律。私は何回も律に我が儘を言って困らせてきたよな」

私の酷い声に、たっぷりの優しさを込めて喋る。
そして、少しの意地悪も混ぜて。


39:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(高知県):2011/06/11(土) 23:08:34.75 ID:goJOdKVm0


澪「律は毎回困った顔をしながら、でも私のために頑張ってくれた。
  それがいつも、嬉しかったんだ」

抱き締めた律からはシャンプーの良い匂いと、私がこの前買ってあげたコロンの匂いがした。
その匂いが今、私の鼻と涙腺を刺激する。

澪「これは、私のとっておきの我が儘だ。
  ……軽音部、辞めないでよ……!」

駄目だ。堪えきれなくなって大粒の涙が出てきた。
でも本当に嫌なんだ、律がいなくなることが。

私が見てきた世界には、いつも律がいてくれた。
律がいると世界がキラキラしてふわふわして、とてもとても輝くんだ。
だから、律を失いたくない。
これは他の何でもない、ただの私の我が儘だった。


40:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(高知県):2011/06/11(土) 23:10:23.60 ID:goJOdKVm0


そんな自分勝手な我が儘に律は頷いてくれた。
いつも私を助けてくれる、大好きな笑顔で。

律「そんなこと言われると、断れないだろ。ばーか……」

私とは違う、細かな涙が律の頬を流れる。
私は抱き締める手に力を込めた。

澪「ありがとう、律、律……!!」

愛しの人の名前を呼ぶと、少しだけ心が軽くなれた気がした。


41:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(高知県):2011/06/11(土) 23:14:46.12 ID:goJOdKVm0


律「なあ、澪」

澪「ん?」

律「軽音部のみんなに、病気のこと話そうと思うんだ」

気付くと、時計の針は既に午後を指している。
どれだけの時間泣き続けていたのだろうか。声はもっと酷くなっていた。

澪「律はそれで、良いんだな?」

だって律は伝えることを嫌がっていた筈だ。
でも律は、力強く頷いた。

律「これ以上無駄に誰かを傷つけたくないしな」

やっぱり昨日のことは律もかなり堪えているんだろうな。
私は律がそれで良いって言うんなら、賛成だけど。

律「そうと決まれば、さっそく行こうぜ!」


42:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(高知県):2011/06/11(土) 23:21:13.86 ID:goJOdKVm0


律はそう言って立ち上がる。
私も急かされるがままに立ち上がった。

そのまま駆け足で家を出る。律に左手を、しっかり握られながら。

律母「ちょっと律!?あんた・・・・・・」

途中、律のお母さんの声が聞こえたけど返事は返さない。

律の手は、とても暖かかった。
やわらかな、お日様の温度・・・・・・。


43:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(高知県):2011/06/11(土) 23:23:01.58 ID:goJOdKVm0


律はそう言って立ち上がる。
私も急かされるがままに立ち上がった。

そのまま駆け足で家を出る。律に左手を、しっかり握られながら。

律母「ちょっと律!?あんた・・・・・・」

途中、律のお母さんの声が聞こえたけど返事は返さない。

律の手は、とても暖かかった。
やわらかな、お日様の温度・・・・・・。


44:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(高知県):2011/06/11(土) 23:27:50.28 ID:goJOdKVm0


律「それとさ。澪、お願いがあるんだけど」

少し行って通学路、律が首を傾けてこっちを見た。
ふふ、相変わらず酷く目が腫れてるなあ。

澪「何?」

私は同様に腫れぼったい目を細めて言う。

律「あのさ……もし私が怯んで言えなくなったら、背中を押してくれないかな?
  やっぱり私、まだ怖いんだ。梓にも嫌われちゃっただろうし」

律は本当に不安でたまらない顔をしていた。
それはそうだろうな。昨日の今日で、気まずさもあるだろうし。

澪「律なら、大丈夫だよ」

律の右手を握りながら、そう言った。
小さなその手は、私の大きな手にすっぽりと包み込まれていた。


45:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(高知県):2011/06/11(土) 23:32:29.72 ID:goJOdKVm0


律「……ふう」

軽音楽部部室前に着いた。
放課後の時間に合わせてきたので、きっとこの中には唯たちが既に居るだろう。
そのドアノブを握り、律は深呼吸した。
私もそれに合わせて大きく息を吸う。埃の匂いがした。

律「…………開けるぞ」

――――――ガチャリ
扉を開けると、やはりもうみんな揃っていた。

梓「澪先輩!……と律先輩」

梓がこっちを見て笑顔を作った。律の方を見て顔を曇らせた。
律もそれと同時に哀しそうな顔をした。
律の私の手を握る力が強くなる。

唯「ほ、放課後登校なんて不良だよね!あ、あはは~」

唯が気まずさを打ち消そうとして無理に明るく振る舞う。
でも空気が壊される前に、律が口を開いた。


46:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(高知県):2011/06/11(土) 23:36:16.56 ID:goJOdKVm0


律「今日は、みんなに話さなきゃならないことがあってきたんだ。
  ……聞いて貰っても良いか?」

律の手が、震えていた。
だから私は必死に握り返す。

紬「うん、分かった。だから席に着きましょ?
  ……お茶はミルクティーで良いかしら?」

いつもの席に着くと、ムギの淹れた暖かい紅茶が出てきた。
緊張でカラカラに乾いた喉を、それで潤す。
甘くて優しい味が、私の喉を通って胃に溜まる。

律「えーと、何から話すか忘れちゃったんだけど……。
  取り合えず簡潔に話すな」

それからの律の話はとても短いものだった。
でも、私には何時間にも感じた。聞いているのがとても……辛かった。


47:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(高知県):2011/06/11(土) 23:39:06.49 ID:goJOdKVm0


律「……まあそういう訳でさ。言い訳みたいになるけど、昨日のことは病気が原因なんだ。
  ……ごめんな?」

やっと律が話し終えたとき、律以外泣いていない人なんていなかった。
目を真っ赤にしてウサギみたいな唯が律の方へ走る。

唯「りっちゃあぁぁ、ごめんね、辛かったよねぇ……?」

律「あはは、抱きつくなって。ほーらムギも。無言で抱きつかないの」

唯のしゃっくり泣く声、ムギの啜り泣く声、私の嗚咽混じりの声、そして梓の……。

梓「何で、何でもっと早く言ってくれなかったんですか!!」

梓は涙を流しながら怒鳴っていた。
酸欠なのか、顔が真っ赤になっている。


48:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(高知県):2011/06/11(土) 23:41:40.81 ID:goJOdKVm0


律「……怖かったんだよ、拒絶されるのが」

律はそれに対し、穏やかな声と表情で喋る。
優しく、それでいて寂しそうな笑顔だった。

梓「拒絶なんかするわけないです!信頼ぐらいしてください!!」

もっと声を荒げて、梓は叫んだ。
そしてそれから、とてもとても悲しそうに小さな声で叫ぶ。

梓「知っていれば、あんな酷いこと言わなかったのに……。
  昨日だって怒ったりしなかったのに……!!」

うわあああ、と梓は泣き崩れた。
律はその背中を優しく抱き締める。

律「その言葉で十分だよ。ありがとう、梓」

梓「ごめんなさ……ッ、わああぁぁあん!」

悲しい声を合わせ、私たちはまるで合唱するように泣いた。
ただ一人、律は冷静だった。


49:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(高知県):2011/06/11(土) 23:44:46.64 ID:goJOdKVm0


律「みんな、そろそろ泣き止めよー。私はまだもう一個伝えることがあるんだから」

律は少しだけ震える声で、でもいつも通りの調子でしゃべる。
もう一個伝えることって……一体何だろう?

律「言うつもりはなかったんだけどなー。……まだ、家族以外知らないことだよ」

私は涙は止まらなかったけど、律の方を見た。
みんなも律を注目している。

律は自らのポケットに手を入れて、何かを机の上に出した。
それはたくさんの薬だった。

律「頭の物を治療するために飲んでた薬なんだけど……これ、効かなかったんだ」

どういう、こと……?

律「何か腫瘍の成長が止まんなくてさ、記憶障害がもっと酷くなるんだ。
  今までは言われたら思い出せたけど、これからは言われても思い出せることが稀になっていく。
  ほとんど何も、思い出すことが出来なくなるんだ」


50:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(高知県):2011/06/11(土) 23:47:49.94 ID:goJOdKVm0


そん、な……。
それはつまり、私たちの思い出も、私たちのことも分からなくなると言うことだ。

絶望に暮れる私に、律が追い討ちを掛けるかのように言った。

律「認知症とかとは違ってさ、段々自分で自分の体を動かすことも忘れるんだ。
  腕を動かすことも、息をすることも、心臓を鳴らすことも。
  ……医者は珍しい病気だって言ってた」

律の言葉に見えてきた、死という文字。
嫌だ、嫌だよ……。

律「だから私は明日から入院するんだ。今日休んだのも荷造りのためだったんだけどなー。
  学校も辞めることになったし。
  ……だから澪、ごめん。我が儘は聞いてあげられそうもないや」

律はそう言って俯く。
私は固まったまま、動くことができなかった。


51:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(高知県):2011/06/11(土) 23:50:02.22 ID:goJOdKVm0


澪「嘘、だよな……?」

やっと出た声は、まるで蚊が鳴くかのようにか細く弱々しい。
私は全身全霊を込めて声を絞り出す。

澪「嘘だって言ってくれよ!なあ、律!!」

私の悲鳴とも言えそうな声に律は顔をあげる。

律「嘘だったら、どんなに良いだろうな……」

その頬に流れるたくさんの涙が、私を現実に叩きつけた。
嫌だ、嫌だよ!!何で律なんだよ!!!

……それからのことは覚えていない。
気付いたら自分の部屋のベッドにうずくまっていた。
自力で帰ったのかもしれないし、誰かに引っ張られて帰ったのかもしれない。

ただ分かったのは明日から律は学校にやって来ないということ。
あの通学路を笑いながら歩くことはないということ。

一緒に軽音をやって楽しめないということ。




52:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(高知県):2011/06/11(土) 23:52:30.32 ID:goJOdKVm0


律のいない学校は、やはりどこか味気ない。
もう律が登校しなくなってから随分経っていた。

一人での登下校、寂しい。
3人でだけの休憩時間のお喋り、結構寂しい。
律のいないお昼御飯、かなり寂しい。
空席のドラムの椅子、とても寂しい。
律のカウント無しで始まる曲、すっごく寂しい。

全部全部、律がいないと寂しかった。
だからそれを埋めるのように、私は毎日律のお見舞いに行った。

律「おー!今日も来てくれたか、諸君!」

律の入院している病院は桜ヶ丘内にあり、結構な頻度で軽音部のみんなと訪れる。
白い壁に薄ピンクの布団、とても感じの良い病室だ。

唯「りっちゃん隊員、今日もよくご無事で!」

紬「ケーキ持ってきたから食べましょ~」

梓「新しいスティックも買ってきましたよ」


53:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(高知県):2011/06/11(土) 23:54:29.70 ID:goJOdKVm0


私たちが来ると一気に病室は賑やかになる。律も嬉しそうだ。
個人病室だし、やはり日中の静けさは凄いんだろうなあ。
ベッドサイドの窓から気持ちの良い風が吹き込んだ。
夏だというのに、少し冷たくて爽やかな風だ。

紬「澪ちゃんも、ケーキ食べましょ」

窓の方からみんなの方へ視線を移すと、切り分けられたケーキを差し出すムギの姿があった。
既に他のみんなは食べ始めている。

澪「ああ、そうだな」

私もそのケーキを受け取って口に運ぶ。ブルーベリーと苺の甘酸っぱさが癖になりそうだ。

律「あ、そういえば今度、新しいスティック買ってきてくれないか?」

ケーキを食べながら律が言う言葉に、私はクスリと笑った。


54:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(高知県):2011/06/11(土) 23:56:46.07 ID:goJOdKVm0


澪「お前、自分の膝の上に新しいスティック載せて何言ってるんだ」

律「え?あ、本当だ」

律の病気は予告通りどんどん進行していった。
今のようについさっきのことを忘れたり、それを指摘しても『そうだった』と思い出すことは減った。
まだ重要な誰かを忘れたり体に異常が出たりはしてないが、それも時間の問題だろう。

律「澪、どうしたんだよ。そんな難しい顔して」

澪「んーん、何でもないよ」

でも私の心中は今は穏やかだった。
律の病気のことを受け入れられたわけではないが、
今律が私のことを名前で呼んでくれるわけで十分だった。




56:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(高知県):2011/06/11(土) 23:58:42.02 ID:goJOdKVm0


でもそのささやかな充実感も、終わるときというのはやって来る。

私たちは高校生活最後の文化祭を秋晴れの日に行った。
律はもう桜高の生徒ではないため出演は出来なかったが、一応私たちのライブは大成功で幕を閉じた。

私たちは嬉しさと興奮のあまりなだれ込むように律の病室へ向かった。
律は体調を悪くして、文化祭を見に来ることさえ出来なかったのだ。まだ顔の熱が冷めておらず、頬を赤く染めた私たちを律は笑顔で出迎えてくれた。

律「おめでとう!!」

その言葉がただただ嬉しくて、何度も何度も号泣した。
幸せだった。律の病気も酷くなく、私は笑顔で青春を駆け抜けていた。


57:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(高知県):2011/06/12(日) 00:00:46.60 ID:q45fnrXz0


しかし、幸せな日々とはそう長く続かないものだ。
文化祭を終えた辺りから、私たちの恐れていたことが始まってしまった。

最初は、梓だった。
梓が病室に入ってきた瞬間、律は首を傾けて言った。

律『誰ですか?』

次に、唯だった。
唯がいつも通りギャグを発射しようとしたとき、律は困ったように言った。

律『えーと……誰、だっけ?』

それから今日、ムギと軽音部のことは同時に忘れた。
律が思い出せなくなっても毎日お見舞いにやって来る梓と唯と共に病室に入ると、律は不安そうに言った。

律「あ、澪!……と、新しい友達?」


58:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(高知県):2011/06/12(日) 00:02:49.89 ID:q45fnrXz0


そう言われた瞬間、ムギはショックを受けた顔をした。
悲しさに顔を歪ませ、歯を食い縛っている。

紬「軽音部の琴吹紬よ。……分からない?」

律は少しおろおろとして見せた。
そして本当に困ったように口を開く。

律「軽音部って……、よく分からないんだけど」

まるで稲妻が体を走ったかのような感覚になった。
軽音部は私たちの原点で、私たちの繋がりだ。
それを忘れてしまった……?

みんな、いつかの告白の日みたいに泣いた。
律はそんな様子に戸惑ったあと、つられて泣いた。
私も涙を押さえることが出来なくなっていた。


59:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(高知県):2011/06/12(日) 00:04:17.60 ID:q45fnrXz0


急に、怖くなったんだ。忘れられるということが。
律の中にいる私が消える。楽しかったことも、悲しかったことも。
それはつまり、律にとって私は赤の他人となる、ということだ。
律に、律にとって私は存在しない人間となる。

怖かった。ただ単純に恐ろしかった。
律が生きているだけで良い、とかそんなこと考えられないほどに。
逃げ出したくなるほどに。


でも実際に、その日はやって来た。


60:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(高知県):2011/06/12(日) 00:06:41.55 ID:q45fnrXz0


律に忘れられた3人と共に病室を訪れる。
今日は律にぴったりな黄色い花束を持ってきた。

澪「律ー、入るぞー!」

軽く2回ノックして、病室の扉を開けた。
中では律が、家族の人と一緒に居た。

律父「澪ちゃんに軽音部の人だよね?いらっしゃい」

律のお父さんがこっちを見てそう言った。
律のお母さんも聡も頭を下げるから、私たちも軽くお辞儀。
すると律も小さくお辞儀をして言った。

律「父さんと母さんの知り合い?」

澪「え……?」

目の前が真っ暗になるって、こういうことを言うのだろうか。
足元が、ふらつく。きっと平衡感覚が狂ってる。
それほどまでにショックな言葉だった。


61:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(高知県):2011/06/12(日) 00:08:09.09 ID:q45fnrXz0


律母「何言ってるの!?澪ちゃんよ、幼馴染みだったじゃない!」

律「え、分かんないよ。どうしたの、急に。何か怖いよ……」

泣きそうだった。でも律はもっと泣きそうだった。
知らない人を知らないと言ったら怒られたんだ、そりゃあそうだろう。
律はとても困った顔をしている。

聡「み、澪ねえ!きっと姉ちゃん明日には思い出すからさ、大丈夫だって」

聡は必死に取り繕おうとするが、逆に私は惨めになった。
泣くわけにはいかない。でも泣きそうだ。

澪「いいんだ、聡。……ごめん、もう帰らなくちゃだから」

詰まる呼吸でそう言いながら、私は病室をあとにした。
頭がガンガンする。心臓がドキドキしていた。
まるで奈落の底に突き落とされたみたいな絶望感が身体中に走る。
もう律が私の名を呼んでくれることはないの……?


62:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(高知県):2011/06/12(日) 00:09:49.89 ID:q45fnrXz0


病院の隅らへんに来たとき、後ろから肩を叩かれる。
追いかけてきたムギだった。

紬「澪ちゃん、一緒に泣きましょ」

急にそう言って私を抱き締める。
ムギの体は柔らかくって暖かくって、まるで私を包むかのようだ。
その中で私は遠慮無く泣いた。
叫ぶように、喘ぐように、笑うように。

・・・・・・上手く言葉にできない。その日の具体的なことは覚えていない。
でも私が律の中から消えた。それだけが事実だ。




63:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(高知県):2011/06/12(日) 00:12:33.29 ID:q45fnrXz0


それからの律の容態は日に日に悪くなっていった。
聡を忘れ、お父さんを忘れ、お母さんを忘れた。
そして同時に体の動かし方も忘れたようで、既に指先は動く気配を見せなかった。

律「あああ……うわあぁぁあぁぁぁぁああ!!!!」

絶望に混じった声が病室に響くのも珍しくなかった。
時々思い出す自分の身の回りの事と今のギャップが辛いのだろう。
頭痛も酷いらしいし、しょうがない。
上手くいかない物事に苛つくこともしょっちゅうだ。

そんなとき、私は必ず彼女の右手を自分の左手で握った。
そうすると律の癇癪は少し落ち着いてくれるから。

律「澪ぉ……みおー」

そして律が私のことを気まぐれに思い出して、名前を呼んでくれることも多々あった。
そのことに私は嬉しい反面、悲しみさえも覚えていた。

明日には、忘れられている。

そんな存在が私なのだから。
だからこそ、私は律の手を握ることをやめなかった。


64:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(高知県):2011/06/12(日) 00:15:12.09 ID:q45fnrXz0


律の病気が進行する一方で、私は高校卒業を控えていた。
文化祭以来、軽音部として活動することもなくなった私たちは別々の道へ歩みだそうとしている。

唯は、音楽大学へ。
『折角りっちゃんが進めてくれた音楽を続けたい』と言っていた。

ムギは、留学をして海外の医療関係の大学へ。
『りっちゃんの病気が治るくらいに科学を進歩させるわ』だって。

私は、高校教師になる道へ。
理由は律と過ごした楽しい日々に浸っていたかったから、かもしれない。

そして梓は、軽音部を継続するために部員確保に励んでいる。
直接は言わないけど、多分律が立ち上げた軽音部を簡単に潰したくないんじゃないかな。

とにかく、律の存在は私たちの未来を大きく左右していた。
どれほど私たちの中の律が大きいかが分かるな。
だからこそ、軽音部として繋がりが事実上無くなった今でも私たちはよくみんなで律のお見舞いに行った。

律「……みんな……」

時々、律が私たちのことを思い出してくれるのが嬉しかった。


65:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(高知県):2011/06/12(日) 00:17:00.78 ID:q45fnrXz0


そして私たちは卒業を迎えた。

唯「今日で高校生も終わりだねえ……ヒック」

梓「唯先輩……泣かないでくださいよお……ヒック」

今日を境に私たちは別々の人生を歩みだす。
これからは簡単に会えることもなくなるだろうだから、私も少し感極まってしまう。
こうやってみんなと毎日顔を合わせるのも今日で最後なんだ……。

ちょっと浸っていると、ムギが手を合わせて笑顔で声をあげた。

紬「ねえ、みんな!りっちゃんのお見舞いに行きましょう?
  今日はとっておきのサプライズがあるのよ!」

……サプライズは予告しちゃ駄目なんじゃないか?
とにかく、私たちはその提案に乗って病院へと向かった。
サプライズって何だろうか。


66:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(高知県):2011/06/12(日) 00:18:55.08 ID:q45fnrXz0


澪「失礼しまーす」

そうこう考えながら律の病室を開けた。
そして私たちは息を飲んだ。
だっておじさん達に囲まれた律は、久しぶりに制服を来てカチューシャをして……
高校生時代の律だったから!

ぽかんとしている私たちにムギが微笑みかけ、律のもとへと歩く。
そして鞄から1枚の厚紙を取り出した。

紬「田井中律さん。ここにあなたの卒業を認めます」

凛とした表情のムギが持っているのは、手作りの卒業証書だった。
それをくるりと回し、律の方へ向ける。
聡に支えられながら、律は動かない指でそれをおずおずと受け取った。


67:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(高知県):2011/06/12(日) 00:21:55.76 ID:q45fnrXz0


律「ありがとうございます」

その瞬間、病室にたくさんの拍手が響いた。
私も無意識のうちに拍手をしている。

ここは、卒業式会場だった。
私たちは卒業生であり観客であり、保護者だった。
涙が流れた。でも顔だけは笑顔で、律の方を見つめる。
律も私たちの方を見て泣きながら笑っていた。

紬「おばさま達に協力してもらって、今日一日かけて私たちのことを思い出させて貰ったの。
  やっぱり卒業式は仲間と一緒じゃないと」

ムギが最高の笑顔で耳打ちする。
私も最高の笑顔でそうだな、と頷いた。

律「なあ、写真撮ろうぜ?卒業写真をさ」

律も最高の笑顔だ。
楽しそうにはしゃぐから、延びた髪の毛がピョンピョン跳ねている。

明日には忘れてしまう今日も、目一杯楽しめられればそれで良い。
私たちは律の提案に大きく頷き、律のそばに駆け寄った。

律父「それじゃあ撮るよー?はい、チーズ」

  パシャリ

**


68:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(高知県):2011/06/12(日) 00:24:20.07 ID:q45fnrXz0


澪「律ー、入るぞー?」

あれから2年の月日が経とうとしている。
私はもう今年で二十歳になった。

律「…………澪」

あ、今日は私のことを覚えててくれてるみたいだ。

律の病気はそれからかなり進行した。
体の大部分が動かなくなり、そのせいか暗くて内気な性格となった。
よく無駄な話を紡いだ口も今はほとんど動かない。
人が来たときだけ五文字程の言葉を発する程度だ。
髪の毛がかなり延びたせいもあり、まるで高校生の時とは別人のようだった。

そんな律のもとへ今日は一人でお見舞いに来た。
最近は他のみんなと予定が合わなくて、各自でお見舞いに来ることが多い。


69:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(高知県):2011/06/12(日) 00:25:56.95 ID:q45fnrXz0


澪「律、手握っても良い?」

律が頷くのを待ってから私は律の手を取った。
妙にひんやりとしたその手が、火照った私にとってとても気持ちが良い。

律がこうなった今も、唯たちとはマメに連絡を取っている。
みんな多忙ながらも充実した生活を過ごしているようだ。
ときおり、律のことを考えながら。

唯は音楽学校を常に首席のまま進級している。
その天才肌な才能は、磨けば磨くほど輝きを増していた。
たくさんの事務所からお誘いも貰っているとか。

ムギはこの前日本に帰ってきて、実際の医療現場で働いているようだ。
本来ならばまだ学生だが、何とその有能な学力で飛び級をしたらしい(!)
海外で働く話もあったのだが、律と一緒にいる時間が欲しいと無理して帰ってきた。


70:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(高知県):2011/06/12(日) 00:26:55.82 ID:q45fnrXz0


梓は進学はせず、会社を設立した。
律のような行動力を追求した結果、何故かこうなったらしい。
それでも本人は小さいながらも会社を建てたことに誇りを持っている。

私も、みんなと同様に頑張っている。
学校の先生になるということは覚えることが多く、毎日へとへとだ。
でも日々を楽しみながら、噛み締めながら過ごしている。

そんな中、時々思うんだ。
……律がもし病気でなかったらどんな将来を送っているのかと。


71:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(高知県):2011/06/12(日) 00:28:20.85 ID:q45fnrXz0


澪「律、今日は空が綺麗だな」

律はよくベッドの上から空を見つめている。
私もその視線の先を見るととてもきれいな青空と五本の飛行機雲が見えた。
真っ青な空に真っ白なそれはよく映えている。
律は返事をせずに、ただ空を見つめているだけだ。

今日、病室に来る途中に律のお母さんと会った。
涙で真っ赤に腫らした目で、おばさんは私に喋りかけた。

律母『律ね、もうすぐ死んじゃうの。あともって2か月ですって……』

覚悟はしていたから、ショックはそんなに無かった。
ただ暗く深い悲しみは付きまとったけど。
あと2か月もしないうちに律は私の目の前から消えてしまう。

澪「……キミを見てるといつもハートDOKI☆DOKI」

それを考えるのが怖くて、懐かしい歌を口ずさみ気を紛らわせる。


72:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(高知県):2011/06/12(日) 00:30:04.65 ID:q45fnrXz0


澪「揺れる思いはマシュマロみたいにふわ☆ふわ」

この歌は、私にとって特別な歌だった。
私の初の作詞であり、軽音部の原点である。
この詩を律に最初に見せたとき律の反応はイマイチだったけど、今はどう?この歌、好き?

澪「いつもがんばるキミの横顔」

律って横顔がすごい綺麗だな、てここを歌う度に思ってたんだ。
そんなことを言ったら茶化されそうだから言ったことはなかったけど。

澪「ずっと見てても気づかないよね」

たくさんの律が私の中を巡り歩く。
優しくって強くって、それでいて寂しがり。

澪「夢の中なら二人の距離」

律と出会った日から私たちの距離はぐんと縮まった。
それが嬉しくて嬉しくて、堪らなく最高だった。

澪「縮められるのにな」

そうやって浸りながら歌っているときだった。
私以外のもう一つの歌声が聞こえたのは。


73:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(高知県):2011/06/12(日) 00:31:59.42 ID:q45fnrXz0


澪「あぁ カミサマお願い二人だけのDream Timeください☆」

泣きそうになりながら隣を見る。
律が小さな口を必死に動かして歌っているのが分かった。

澪・律「お気に入りのうさちゃん抱いて今夜もオヤスミ♪」

私は自分の左手に力を込める。
その中にある手は何て冷たくて、小さな手のひらだろうか。

澪・律「ふわふわ時間 ふわふわ時間 ふわふわ時間」

歌を歌い終わった。
律はまた平然とした顔で空に視線を向ける。
もうそこに飛行機雲はなかった。

澪「なあ律、この歌のことどう思う?」

私は優しく諭すように訊ねてみる。
律は少し肩を震わせてから、小さな笑みを作った。

律「良い曲だと思うよ。……この歌、大好きだ」

私も小さく笑ってから、自分の左手に力を入れ直した。


74:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(高知県):2011/06/12(日) 00:33:49.39 ID:q45fnrXz0


律がいなくなってしまうまであと2か月もない。
でも私はきっとその間、律が死んでしまうその瞬間までこの手を握り続けるのだろう。
青い空を見ながら、ときおり歌を歌いながら。
私は律の横顔を見て、左手に律の体温を感じて過ごしていく。

ふと、病室の扉が開いた。
中に入ってきた人物は大きな花束を持って優しい瞳で近付いてきた。

すると律は人が来たときいつも発する言葉を口にする。

律「だれですか?」



             おわり


82:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/14(火) 23:22:29.09 ID:rV3RsiHp0


乙 とてもよかったです


元スレ:律「だれですか?」
    スポンサーサイト律「だれですか?」のコメント
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